okayan's diary

season4 TOKYOに引っ越しました・・・

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Category: Nikon D700  

桜の精

s-M700_2404.jpg
Nikon D700 , AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G ED


 室町時代に作られた世阿弥作の能楽作品で『西行桜』という物語がある。

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京都嵯峨野の奥の西山に隠棲する西行法師の庵室。
春になると、美しい桜が咲き、多くの人々が花見に訪れる。しかし、ある年、西行は思うところがあって、花見を禁止した。

一人で桜を愛でていると、例年通り多くの人々がやってきた。桜を愛でていた西行は、遥々やってきた人を追い返す訳にもいかず、招き入れた。


西行は、「花見んと 群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の 咎にはありける」と歌を詠む。
「美しさゆえに人をひきつけるのが桜の罪なところだ」と。

西行法師は見物人を追い返すことも出来ず、人々とともに夜すがら桜を眺め明かそうと木陰でまどろんでいると、その夢に桜の精が現れ、「桜の咎とはなんだ」と聞く。

「桜はただ咲くだけのもので、咎などあるわけがない。」と言い、「煩わしいと思うのも人の心だ」と西行を諭す。

桜の精は、桜の名所を西行に教え、舞を舞う。
そうこうしているうちに、夜が明けていき、西行の夢が覚め、桜の精も消え、、
そこには、ただ桜がひっそりと息づいているだけであった。

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夜の桜にはなんだか妖しい雰囲気がある。
ボクは桜の精はきっと樹の下に居る。そう確信している。


ところでこの能楽に出てくる西行法師。よほど桜に執心していたと見え、桜の歌が230首あるという。
植物では次の松が34首、第3位の梅が25首というのだから、桜への傾倒は断然。

ボクもさくら好きを自認しているけれど、、
「ねがはくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ」などと歌に詠むほどだろうかと思えば、まだ症状は軽いのかもしれない。。
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